愛の諸相

基本情報

科目名
愛の諸相
副題
“胸キュン”の映像文化論 ―― 現代の「恋愛ドラマ」を読みとく
授業タイプ
講義科目
担当教員
柿谷浩一
曜日
金曜日
時限
5時限
教室
38-AV

授業概要

 数年前ほどの勢いはなくなったものの、未だにラブストーリーの多くが「胸キュン」をキーワードとしている現代。そうした状況にありながらも、作品の中にある「胸キュン」とは、そもそも何なのか。どのような視聴体験を指すのか。その本質や映像手法について、立ち止まって考えてみたことのある人は、おそらく少ないはずです。私たちは、どのようなシーンに、そこにあるどういった要素に、どんな形でキュンキュンし、それを「胸キュン」として鑑賞・受容・消費しているのでしょうか。 「胸キュン」の用語自体は広く浸透していますが、その文化的な位置づけや学術的な定義は、十分に定まっていないのが現状です。定番の告白やキスシーンが、必ずしも「胸キュン」に相当するわけでもありません。そこには、大衆(視聴者)の中で、暗黙のうちにある程度了解される条件や規則性といったものがあります。お決まりのシチュエーションや動作でも、作品によって、また時間が経過する中で、その中身も意味も変化していく。
 本講義では、そうした現代の“恋愛ドラマ”に必要不可欠で、変容めまぐるしい「胸キュン」の実体と、それを取りまくドラマ文化の実相に迫っていきます。

 授業初回に、受講生の皆さんに投げかける問いを、問題提起として記しておきます(これが正しいというわけではなく、あくまで思考の「叩き台」のようなものです)。
 「胸キュン」は、作品に《描かれている》ものではありません。もっといえば、そこに《存在してある》ものではない。幾つかの要件を満たす時、物語の断片に立ち上がってくる《現象》と考えられます。想像力を用いて、観る側が生成する《経験》と言い換えてもよいかもしれません。その条件には、出来事の状況性、言動のリアルさ、キャラクターの強度、場面の意外性、恋愛をめぐる価値観の反映具合、台詞や音楽(劇伴)との相関など……多くの事柄が複合して関係してきます。もちろん、そこには「(二次元から三次元への)写実化」というメディアミックスの問題も含まれてきますが、授業では、漫画等の原作との比較といった方向ではなく、あくまで一つの映像作品=シーンの中における「胸キュン」で、いったい何が起こり、視聴者が何を経験しているか(何を観ているのか/観ていないのか)に主に焦点を当て、「胸キュン」のエッセンスを確認・蓄積しながら、それを可能な限り学際的に体系化していくことを目指します。ですので、授業のイメージとしては、個別の映像シーンの分析や演出の解釈が多くなります。

 考えるべき問題はたくさんあります。なぜ、「ドキドキ」「トキめく」「萌える」といった言葉=概念ではダメなのか。これらと何が違うのか(違わないのか)。なぜ、必ずしもそうした性格を持たない作品にまで、「胸キュン」(の要素)を積極的に抽出しようとするのか。「壁ドン」「顎クイ」「頭ポンポン」といった名前を付して文化現象となりうるのか……。さまざまな「胸キュン」をめぐる文化事象とそこにある問題を、複数のラブストーリーを横断しながら、つぶさに考察していきます。

 ●研究対象は「月9」のラブストーリーを中心にしますが、昨年を振り返ってみても明らかなように、近年の「月9」は“恋愛もの”から“エンタメもの”へと作品の主軸を移行しつつあります。同じフジテレビ系でいうと、代わって「木10」の方が、新たな形で恋愛ドラマを提供し始めている感さえあります。そうした現状も踏まえて、今年は「月9」のラブストーリーに、近年話題を呼んだ“恋愛ドラマ”を広く加えて、現代の“恋愛ドラマ”を考察するスタイルをと考えています。もちろん、そこには《月9のラブストーリーが消えた》その文化的意味と諸問題の考究にも当然含まれてくることになります。
 具体的には、まず2018年に放送された作品群から、◆『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』(主演=杉咲花)、◆『おっさんずラブ』(主演=田中圭)、◆『もみ消して冬』(主演=山田涼介)、◆『トドメの接吻』(主演=山﨑賢人)の分析を通して、恋愛ドラマの現在地を確認します。その後は、「月9」の代表作を順に遡って、◆『突然ですが、明日結婚します』(主演=西内まりや、2017)、◆『好きな人がいること』(主演=桐谷美玲、2016)、同作の下敷きとなった同じ作り手(プロデュース・脚本)による◆『恋仲』(主演=福士蒼汰、2015年)、◆『失恋ショコラティエ』(主演=松本潤、2014)などへと展開していく予定でいます。もちろん、月9の「胸キュン」ラブストーリーの原点をなす◆『プロポーズ大作戦』(主演=山下智久〔以下同〕、2007年)、◆『ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜』(2009年)、◆『SUMMER NUDE』(2013年)も避けて通ることはできません。その意味では、かつて『世界の中心で愛をさけぶ』(映画・ドラマともに2004年)などの作品を中心に、いわゆる「純愛もの(ラブストーリー)」が社会ブームになった2000年代半ばから、2010年代にいたる「胸キュン」現象へ……そして路線を変更し「恋愛もの」から次第に離れつつあるて「月9」の歩みを、テレビドラマ史と共に検証していくような側面も持つことになるでしょう。

 テレビドラマは楽しく、面白く見るものです。とりわけ「胸キュン」なラブストーリーは、その傾向が強いかもしれません。実際、難解な作品は多くありません。しかし一方で、分かりやすい表層のストーリーの下に、目を凝らすことで初めて見えてくる、奥深い巧妙な「演出」が潜んでもいるのも事実です。それは、まるで〈小説〉や〈文学〉のようです。そうした一つが「胸キュン」を支えています。空間(シーン設定)、カメラワーク、台詞の構図、主題歌・劇伴を含む音響効果、衣装(ファッション)、キャストのイメージ……ワンシーンに凝縮された、さまざまなものが交わり「胸キュン」は生まれ、私たちに届けられています。そのメカニズムを、そのダイナミズムを、その本性を、一緒に検証してみましょう。

 最後に「授業方針」について、少し触れておきます。
 現代の映像作品における「胸キュン」に関しては、研究がまだ多く存在しません。そうした意味でも、教室では、作品や現象について誰々がこう述べているといった、いわゆる「先行研究」に拠った考察は多く行いません。むしろ、私なりの視点と方法で、作品そのものを相手に分析・解釈し、問題を独自に浮かび上がらせることを大事にしたいと考えます(補助線としてコラムの紹介や、文学理論・現代思想を参照することはもちろんありますが)。時に失敗もあるかもしれませんが、臆することなく、毎回毎回、シーンと作品に挑んでいく「文化構想学部」らしい、「複合文化論系」らしい実践の場を作れたらと願っています。ですので、学問的知識や情報を体得するような類の授業とはタイプが違います。受講生の皆さんも、一緒にあれこれ積極的に考えることが必要となります。そして、時には「それは違うのではないか」、「私ならこう考える」、「最新の現状からみるとこうではないか」といった反応=反論を、リアクションペーパーを通して、ぶつけてほしいと思います。皆さんの面白い見方や、授業と異なる解釈も、折にふれて紹介していきます。
 人によって、あるいは見方によって「胸キュン」は、一過性のうわべの消費・現象にすぎないという意見もあるかもしれません。ですが、ここまで多くの人を惹きつけ、その文脈に沿って話題作が作られ、大衆に認められている現状に顔をそむけるのは、文化を柔軟かつ自在に研究する「文化構想学部」という場として、違うだろうと思います。そこには何かしら、重要な文化的意味と意義が必ずあるはず。それを時に映像シーンに隠された技巧の発見に悩み、時に分析資料に実際にキュンキュンする追体験をしながら、「胸キュン」を学問する一歩を踏みだしてみましょう。
 15回の授業の中で、1回でも「あっ」という驚きに似た発見が見えたり、皆さん自身から「こうかもしれない」と納得できる解釈が出てきたりすれば、この講義はまず成功です。まだ書物や論文には書かれていない、誰も十分に正面から向き合いきれていない、リアルタイムに進行する文化現象について、その方法論の模索を含めて、真剣に考えてみようという意欲ある学生の履修を心待ちにしています。

授業計画

第1回
オープニング + 「胸キュン」をめぐるテレビドラマの現在
※以下は便宜上の項目です、順序の変更やテーマの調整を行うことがあります

第2回
『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』分析 :神楽木晴(平野紫耀)と馳天馬(中川大志)の“告白”はどっちが「王子様」だったかという愚問から離れるために

第3回
『おっさんずラブ』分析 :胸キュンと「純愛」は共存/対立するか、あるいは視聴者が「キャラクター」を愛したわけ

第4回
『もみ消して冬』分析 :かわいさが増長させる「胸キュン」と大衆イメージの活用

第5回
『トドメの接吻』分析 :「キス=(恋)愛」という方程式への逆襲と、視聴する感性への挑戦

第6回
『突然ですが、明日結婚します』分析 :現象としてのナナリュー(山村隆太)の“声”、あるいは「愛」のディスクール

第7回
『好きな人がいること』分析 :美咲(桐谷美玲)の「木苺ケーキ」に隠されたラブストーリーの原動力

第8回
『恋仲』分析 :“キュン”を超克した最終回の「フレンチキス」の衝撃

第9回
『失恋ショコラティエ』分析 :理想と妄想と現実が溶け合う時、映像が映すものは……

第10回
『ボク、運命の人です』研究 :一郎(山下智久)が「神」を演じた意義と必然性

第11回
『5→9 〜私に恋したお坊さん〜』分析 :「接吻」と「キス」の現象学

第12回
「胸キュンラブストーリー」の系譜学① ― 『SUMMER NUDE』を軸に

第13回
「胸キュンラブストーリー」の系譜学② ― 『ブザービート』を軸に

第14回
「胸キュンラブストーリー」の系譜学③ ― 『プロポーズ大作戦』を軸に

第15回
ゲスト回(予定)