死の人類学

基本情報

科目名
死の人類学
授業タイプ
講義科目
担当教員
竹野内恵太
曜日
金曜日
時限
4時限
教室
38-AV(対面)
授業シラバス
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授業概要

 現在、自然災害の多発や新型コロナを代表とする感染症、そしてIT技術などテクノロジーの急速な進化によって私たちを取り巻く日常が変容するなか、死に対する価値観や供養の在り方も変わりつつある。ただし、「死」とは、誰にでも訪れる人類にとって普遍的な現象である。そのとき、わたしたちは故人に対し、決まりごととして埋葬や葬送、供養を定められた規則の中で実施するだろう。そのように、死を契機とした埋葬・葬送・供養は、場所と時間を越えた人間文化に特有の行為と制度であり、死がもたらす混沌と悲哀、怖れを乗り越えるための文化的な解決方法である。また、それらは生者と死者を結ぶ相互行為でもあり、死を契機として共同体の社会秩序を再生産するために生者たちが実施したある種の戦略でもあった。本講義では、この埋葬・供養行為のもつ儀礼文化と時代・地域を越えた共通の構造や死に対する普遍的な価値観を見ていくことで、それらの本来的な意味と機能を探っていく。一方で、死を悼み弔う行為は現生人類の登場と発展のプロセスと歩調を併せて多様化・複雑化してきた。世界各地でさまざまな墓制が開発され、「死」に対する考え方が在地の社会や文化、宗教・信仰体系と結びつきながら多様化してきたと言える。それゆえ、葬儀・埋葬・供養など死に対する処置・対応の在り方はその共同体の死生観や来世観を反映するだけでなく、そのときどきの社会と文化を写す鏡でもある。古代社会から現代社会までの国内外の豊富な事例に基づいて埋葬・葬送行為や死生観、来世観の時空間的な多様性と共通性を理解することは、歴史的展開・変化あるいは個別文化を越えた共通の構造を巨視的に捉えることにもつながる。

授業計画

1:
第1回 ガイダンス:人類文化と埋葬・葬送・供養の在り方
本講義の概要と目的、方向性、評価方法などについて説明する。
2:
第2回 宗教・死者儀礼への関心の始まりと展開
死にかかわる儀礼や宗教、呪術といった領域がどのように学術的な関心を持たれ、今日に至るのか。19世紀から20世紀初頭における未開社会の呪術・宗教や死者儀礼への関心の始まりを説明したうえで、人類学におけるその後の流れを追っていく。
3:
第3回 通過儀礼としての埋葬・葬送儀礼
死にかかわる儀礼を理解するもっとも典型的なものは、葬儀を「通過儀礼」として理解することである。本講義回では通過儀礼に関する一般的な考え方と概念を説明したうえで、実例を踏まえながら通過儀礼という枠組みの中で埋葬や葬送行為を理解していく。
4:
第4回 「死」の普遍性と象徴性、個別文化の来世観・他界観について
死はだれにでも訪れる極めて普遍的で一般的な現象である。それゆえ、死にかかわる儀礼もまたその構造上普遍性が強いし、死を象徴する色彩や記号などには各地で共通点が多い。本講義では、死に対する行動やその意味体系、象徴的記号における普遍的な側面を中心に説明する。もちろん在地社会それぞれの宗教や信仰体系に基づく来世観および他界観といった文化的な違いもまたあることから、共通性と文化的差異の両側面から死にかかわる儀礼を理解する。
5:
第5回 舞踊と歌:「死」を契機とした儀礼のパフォーマンス
葬儀ではしばしば歌と踊りなどのパフォーマンスが伴い、さまざまな儀礼行為において特殊な衣装を見に付け、非日常的な空間を演出することがある。本講義では、儀礼が有する「演劇性」という側面から死の儀礼を捉えていく。
6:
第6回 「生」の再生産としての「死」の儀礼、生者と死者のコミュニケーション
生と死は対立的な関係にあるだけではなく、死が生の再生産として位置づけられるような文化システムや社会制度があり、死が実社会の再編成において能動的に働きかける機会となることもある。また、葬儀と供養は生者と死者がコミュニケーションを行う機会であり、社会秩序を再生産するために実施された戦略でもあった。本講義では実社会や生活世界への影響を強調する死の儀礼の事例と特徴を紹介する。
7:
第7回 祖先祭祀と霊魂観について
死後に葬儀を経て祖霊となった先祖を崇める習俗は世界各地の社会に広く認められると同時に、遠い過去の古代社会においても存在した。この祖先崇拝/祭祀は人の死後も霊魂は存在し続け、子孫に何らかの影響を及ぼすという基本的な観念に基づく。本講義では、祖先に対する儀礼の内容と機能、それと関連する人の霊魂観について解説する。
8:
第8回 お供え物の文化:供物とはなにか、なにが死者に供えられるのか
墓前や仏壇、あるいは葬儀の場で供えられる飲食物や花などにはどのような意味があり、また何を象徴したものなのか。各地で共通するお供え物の文化について紹介し、その意味合いや共通性、多様性を見ていく。
9:
第9回 王の死と葬儀
王や首長といった支配者あるいは社会的上位層の死は、ほかの社会成員のそれとは大きく異なる機会となる。本講義回では、古代社会および未開社会における王や首長の死がもたらす社会的な影響と儀礼の特徴・内容について解説していく。
10:
第10回 墓地からみた社会構造と巨大墓の象徴性・機能
支配者たちはほかの社会成員と差別化するように自身の墓や付属する祠堂を巨大に仕上げる。講義では彼ら支配者の墓や関連施設の特異性や象徴性、社会的な機能について説明する。また、埋葬施設の構造や規模、立地、副葬品は、その社会の階層構造や組織形態すらも反映する場合がある。とくに考古学と文化人類学のフィールドワークの成果に基づいて、その復元と解釈の方法を問題点も含めて紹介する。
11:
第11回 墓と文化:さまざまなお墓のカタチからみた在地文化
世界各地には多様なお墓の形があり、それらは在地の文化や思想背景、信仰体系、宗教性を如実に表す。講義では多様なお墓を取り上げ、それらの特異性と各々の文化および社会との結びつきを説明する。
12:
第12回 生業・居住形態と死について:狩猟採集民と定住農耕民の埋葬・葬送文化
生業や親族構造の違いが「死」に対する反応や考え方、葬儀の方法や機能の違いとどのように関係するのか。本講義では、先史社会にみる狩猟採集社会から定住農耕社会への移行において変化する埋葬・葬送文化、近現代の未開社会における生業・居住形態の違いと埋葬・葬送文化の違いからそれを見ていく。
13:
第13回 地域社会における死者儀礼の変容と外来文化の影響
白人社会やキリスト教など外来宗教や文化の到来によって、在地社会の宗教と文化もまたしばしば変容する。その影響は死者儀礼についても例外ではない。国内外の事例を参照しながら、外来文化の到来と死者儀礼に対するその影響と変化について説明していく。
14:
第14回 現代の変容する葬儀・供養のあり方と「死」への価値観
現代では死に対する価値観や供養のあり方が急速な社会・文化の変化とともに変わりつつある。本講義では、テクノロジーの進化や価値観の多様化に伴う葬儀・供養の変化、現代の葬式産業や医療現場との関係、終活を含めた現代社会のライフサイクルにおける死の位置づけなどを講義していく。
15:
第15回 授業のまとめ:われわれにとっての「死」とはなにか、現代社会の相対化
人類にとって死とはなにか/なにであったのか、埋葬・葬送文化はなにを意味するのか、そしてわれわれ現代人にとっての「死」とはなにか、どこへ向かうのか、これまでの授業を振り返り、まとめる。また、本講義回の後半では、授業の理解度を確認しつつ、若干の意見交換を交えて進めていく。