早稲田大学 文化構想学部 複合文化論系

　この講義では、〈死〉というテーマをめぐって、どのようなすぐれた表現があるのかを、わたしなりの（その意味ではかたよった）視点から、具体的な事例に即して考えてみたいと思います。講義のタイトルにある「制度」という言葉から、葬送儀礼や現代社会における制度的な問題を扱うと誤解されるといけないのですが、感性文化プログラムの科目の一つとして、感性の面にあらわれた〈死〉の諸相を、芸術創造の表現と結びつけながら、しかし芸術論の枠とはずれる形で、とらえてみます。とはいえ、〈死〉のような問題について、わたしが学問上のディシプリンを持って何かを「教える」ようなことはとても不可能ですし、わたしが学生のみなさんよりも〈死〉のことを深く知っているなどと考えることも、不遜というものでしょう。その意味で、体系だった教育とはほど多く、ほとんど手探りの姿勢で、〈死〉というファクターから表現されたものに近づいていく試みをする講義になります。客観的な、あるいはアカデミックな考証をともなうような〈死〉についての知識を求める方は、この授業を履修しないようにしてください。さまざまな表現者の〈感性〉を通して、命題的な思想内容と重なりながらもそこから逸れた、表現によってしか形にならないような部分に着目してみます。制度としても重なる部分はありますが、むしろ明確な制度とはずれている、そのズレの部分に注目するということです。そのような講義であるので、一段高いところから教えるのではなくて、できれば聴いているみなさんが、部分的にではあっても、毎回何かを感じたり考えたりするヒントやきっかけを提示できれば、それでこの授業は成功だといえます。
　とりあげる予定の作品ですが、まず藤原新也の『メメント・モリ』（新版・旧版）、『納棺夫日記』と『おくりびと』、「千の風になって」、山田太一のドラマ『早春スケッチブック』、宮澤賢治「銀河鉄道の夜」とアニメ版、黒澤明『生きる』と小津安二郎『小早川家の秋』、天童荒太『悼む人』、『もののけ姫』とマンガ版『ナウシカ』、高畑勲のアニメ『火垂るの墓』、村上春樹『ノルウェイの森』、河瀬直美『もがりの森』、手塚治虫『火の鳥』と『ブッダ』、茨木のり子『歳月』と長田弘『ひとはかつて樹だった』などを考えています。紹介をしながら、結論だけでなく、教室で一緒に感じとってもらえるような話し方をしたと思います。たいした話はできないので、履修する方たちがあまり多くないといいなと思っています。
　身近な人の死、自らの死、一般的な人間の死、大量死、物体としての死（死体）、生命の死、普遍的な死の観念など、死に向き合うポイントはさまざまです。〈わたしが死ぬ〉〈愛する者が死んだ〉といった言葉を基点としながら、できるだけ偉そうな物言いをしないようにして、自分の話のいたらなさを常に目の前に置きながら、そのつどの試みのように話してみます。

1: 第1回
イントロダクション

2: 第2回
藤原新也『メメント・モリ』（旧版・新版）（以下の予定は伸びたり入れ替わったり、あるいは新しく追加・削除されたりする可能性があります）

3: 第3回
青木新門『納棺夫日記』『おくりびと』

4: 第4回
山田太一『早春スケッチブック』

5: 第5回
杉井ギサブロー『銀河鉄道の夜』と原作

6: 第6回
黒澤明『生きる』／小津安二郎『小早川家の秋』


7: 第7回
天童荒太『悼む人』

8: 第8回
宮崎駿『もののけ姫』／マンガ版『風の谷のナウシカ』

9: 第9回
村上春樹『ノルウェイの森』

10: 第10回
高畑勲『火垂るの墓』と野坂昭如の原作


11: 第11回
河瀬直美『もがりの森』


12: 第12回
岩成達也／茨木のり子／長田弘の詩

13: 第13回
出崎統『家なき子』第２６話


14: 第14回
手塚治虫『火の鳥・鳳凰編』『ブッダ』

15: 第15回
古井由吉／相米慎二『東京上空いらっしゃいませ』